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2018年12月月次祭神殿講話

津留田正昭(ナゴヤ・パリ布教所長)

私は本年6月から8月までの三か月、教会本部の修養科フランス語クラスの講師としての御命をいただき、おぢばで過ごさせていただきました。自分自身にとりましても、35年前の修養科入学以来のことで、今回こうして長期間おぢばで過ごさせていただく機会をいただき、そこで大変すばらしい経験と、貴重な日々を過ごし、さらには自分自身の信仰も見つめなおす絶好の機会となりました。そして、こうした時間をいただくことができましたのも、皆様のご理解がなくて実現することではなかったと、この場をお借りして御礼を申し上げます。

修養科の講師というのは、真柱様から「本部詰員」としての任命をいただき、また同時に内統領より修養科講師の任命をいただくものです。つまり、修養科の期間中は、真柱様の思召しを体して、本部に伏せこませていただき、おぢば一筋につとめさせていただくのが使命ということになります。

そして、本部の月次祭では「本部詰員」として、修養科期間中、結界内で参拝が許されておりますので、私も本当に間近でかぐらづとめを拝させていただくという初めての貴重な経験をさせていただきました。

ぢばに据えられたかんろだいを囲んで、お面をつけたつとめ人衆の十名が、みかぐらうたに合わせて、それぞれのご守護の手を振り、親神様のお働きを具体的に表現されている様子を拝したとき、何とも言えぬ感動と安らぎを感じました。そして、親神様のご守護に対する感謝の気持ちで、自然と涙があふれてきました。教祖は、「ここは泣くところやない。喜ぶところや。」と仰せ下さいましたが、ご守護への喜びの気持ちでいっぱいになるというすばらしい感激の時間を体験させていただいたわけであります。そして、まさにぢばは人類の故郷であり、親神様のお働きの源であることを改めて確信する時間でもありました。

ここで改めて、ぢばかんろだい、さらにはかぐらづとめに関して、今一度考えてみたいと思います。

教祖伝を勉強させていただきますと、そこに溢れる教祖のお心、つまり、おつとめを通して世界一列たすけたいというお心がよくわからせていただくわけですが、具体的にはどのような移り変わりを経て、現在のぢばかんろだい、そしてかぐらづとめの姿になってきたのでしょうか。

まず、おつとめは、立教から数えて30年目にあたる慶應3年(1867年)に、現在のおつとめの第一節「あしきはらひたすけためへ」を教えられ、その後、第五節の「十二下り」、第二節の「ちょっとはなし」、第四節の「よろづよ八首」を教えられて、最後に明治8年(1875年)に第三節の「いちれつすますかんろだい」のお歌と手ふりが教えられました。その間9年間をかけて教えられました。そして、鳴り物もその後順次教えておられます。さらに、明治15年(1882年)には、おうたの一部変更を伴って今の形になっているわけで、実に16年かけておつとめが完成となるわけです。

そして、興味深いのは、このおつとめの完成と、おつとめをつとめる場所、つまり、ぢばを人々に明かされるのが、同じタイミングで進められているという点です。

ぢばについては、明治8年(1875年)「ぢば定め」に関する記述が出てまいりますが、これは先程お話した、おつとめを教え始められてから9年経って、「いちれつすますかんろだい」を教えられたタイミングで、いよいよ「ぢば定め」が行われます。そして、ぢばは、「親神様のお静まりくださる所」「人間宿し込みの元なる場所」さらには、「かぐらづとめ」をつとめる場所であるということが、おふでさきを通して、徐々に明らかになってきます。こうして、明治8年 1875年におつとめの用意が整ったわけであります。

そして、もう一点、大切なポイントである「かんろだい」です。

これは人間宿し込みのぢばに、その証拠として据える台で、人間の創造とその成人を表して形作り、その極まりない発展を意味するものです。そして、おつとめをさせていただくぢばを標識とするところの標であり、私たちの礼拝の目標でもあります。

明治13年(1880年) かんろだいの石普請について記述があります。ここから、かんろだいの普請が始まっていきますが、二年後の明治15年(1882年)にこの普請が中断するというふしが起こります。このふしを通して、人々の心の成人を強く促される上から、「いちれつすます」「あしきはらい」のお歌を「いちれつすまして」「あしきをはらうて」にそれぞれ変更され、遂に今のおつとめの姿となったわけであります。初めに教えられてから16年という年限をかけて、おつとめの形が今のようになったわけであります。

これは、「いちれつすますかんろだい」というのは、かんろだいを建設すれば、人々の心が澄み切るという意味ですが、そうではなくて、まず人々の心を澄み切ることが第一であるということから、「いちれつすまして、かんろだい」と変更されたのであります。

もう一点特筆すべきことろがあります。このおつとめの完成とほぼ同じタイミングで「おふでさき」が完結しているという点です。おふでさきには、おつとめの理合いや人衆について説かれ、さらにはぢばを明らかにし、かんろだいについても細かく具体的に教えてくださっています。そして、この明治15年(1882年)のおつとめの完成とほぼ同時におふでさきが完結しているのは単なる偶然とは思えません。そこには、年限かけて少しずつ親神様の思召しをおふでさきを通して伝え、陽気ぐらしの心へと成人してほしいという教祖の親心を学ばせていただけるのであります。おつとめという一つの形の完成とそこに込められている親神様の思召しを伝えることを、同時進行的に進めていかれたのではないかと思うのです。こうして、教祖は子供の成人に応じて、たすけづとめを整えていかれたのです。このように、教祖のひながた50年の道は、まさにつとめ完成に向けての模様立てを進められた道すがらであると言えるのであります。

教祖伝の第五章に、「かぐらづとめは、元のぢばにおいてつとめるもので、十人のつとめ人衆が、かんろだいを囲み、親神様の人間世界創造の働きをそのままに、それぞれの守護の理を受けて、面をつけ、理を手ふりにあらわして勤めるものである。地歌鳴物の調子に従い、親という元という理一つに溶け込んで一手一つに勤めるとき、親神様の創造の守護は鮮やかに現れ、いかなる身上の悩みも事情の苦しみも、ことごとく取り除かれ、この世は、次第に陽気ぐらしの世界へと立替わる。」と教えられています。

また、二代真柱様は、「陽気ぐらしへの手立て、よろづたすけということが、このかぐらづとめの目的であります。生きながらにして心を入れ替える。それで生まれ変わる。陰気な人間世界が、陽気ぐらしの味わえる心となってくる。その手立てとしてかぐらづとめをお教えいただいておるのであります。」と教えてくださっています。

まさに、おつとめによって陽気ぐらしを味わえる心になることを、今回の参拝を通して、私は身を持って実体験をさせていただいたのであります。6月の本部の月次祭では、私自身いろんな悩みを抱え暗くなりがちな心でしたが、かぐらづとめを参拝させていただいて、心のなかの霧がだんだんと晴れていくように明るくなっていくのを実感として感じたのです。そして、12下りが終わるころ、かんろだいに日が差し込んできて辺り一帯が光に満ちた光景を目の当たりにしたとき、心が震える感動を覚えました。その光景は、まさにぢばから世界に向けて、親神様のご守護が発信され、拡がっていく様子を見せていただいたように思えたのです。誠にすばらしい経験をさせていただきました。

親神様のお働きというのはもちろんどこにいても同じように受けることができるわけではありますが、特におぢばというところは、それが一層の力を持って発信されていることを今回身を持って体験させていただきました。

とりわけ、その中でも修養科というのは、そのお働きが顕著に見せていただけるところだということも、今回の修養科の講師という御用を通して、体験させていただきました。

修養科生のなかに左眼の緑内障を患っている人がいました。修養科の始めの面談では、特にその影響で生活に問題あるという話は聞いておりませんでしたが、2か月が過ぎたころ、こどもおぢばがえりのひのきしん期間中に、右眼の状態も良くなく、ぼやけてきたという話を聞きました。すぐにおさづけをとりつがせていただき、憩の家で検診をしたところ、左眼はほぼ視力がないこと、右眼は見えているが、このままの状態だと将来失明する可能性があるので、早めの手術が必要であるとの診断でした。とりあえず眼圧を下げる点眼薬を処方してもらい、数日間様子を見ていました。二回目の検診で、手術の具体的な日程、また費用について聞き、すぐに具体的な方策について、特に費用の工面について相談を行いました。彼の方から、土地を売ってその費用に充てることができるので、是非手術をしたいとの申し入れを聞き、早速コンゴの会長始め、家族に連絡を取って、全員が同意の確認をしました。そして三回目の検診に行きました。そこで再度の検査の結果、点眼薬が奇跡的に効果を表し、手術で期待していた数値よりもいい結果になったので、手術をする必要なしという診断がくだされました。彼の身上に際しては、もちろんクラスでのお願いづとめ、毎日のおさづけのお取次ぎ、また何より本人が、生涯お道を通り、人だすけをさせていただくという心定めをしたことが、すばらしいご守護をいただくことになったものと思います。本人はもちろんのこと、他の修養科生もこの不思議なご守護を通して、親神様のお働き、真実の心で願えばご守護いただけるんだという経験をさせていただき、さらにおぢばの理の尊さを実感できたことが非常にありがたかったと思います。

このようにおぢばで真剣に信仰を求め、またたすかりを求めて3か月を通らせていただきますと、不思議なたすけをいただくことができるのであります。修養科でたすかった話は実にたくさんあります。病気の回復を願い、また夫婦や家族の問題、様々な問題を抱えた人が、修養科での3ヶ月の生活を通して素晴らしいご守護いただいておられます。それは、おぢばで心が生まれ変わり、そして心の方向が陽気ぐらしへと変わった結果だと思います。

修養科には、毎月入学ができます。そして、世界の人が学べるように外国語クラスも行われております。来年は、4月から6月にかけて、英語、中国語、スペイン語クラスが開講される予定です。

また、修養科は何度でも志願できます。一度だけでなく、何度でも志願できます。信仰を求めて、たすかりを求めて、ぢばで、教祖の一番お側で学べる絶好の場所です。どうぞ、皆さん一人でも多くの方がこの修養科で学ばれますことをお願いして、本日の講話とします。

ご清聴ありがとうございました。

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