Tenrikyo Europe Centre

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2016年8月月次祭神殿講話

天理大学国際学部教員 森下三郎

カリフォルニア州ロサンゼルス市にある小さな教会で生まれ育った私が皆さまの前に立って講話する事は誰が予想していたことでしょう?皆さまの中で予想していた方がいるかも知りませんが、正直、私自身は思いもよりませんでした。

30年前の7月に私はイタリア留学のためにパリに立ち寄って初めて出張所に参拝させて頂きました。当時礼拝場は違う建物で同じ2階にありまして、その寸法は一般住宅のリビングと同じ大きさでした。現在、ご覧のように広々とした礼拝場となり、高い天井と共に大きな窓から自然の光が入り、室内の美しい色彩のおかげで気持ちよくお祈りをすることができます。神殿ふしんに取り組んだ理由と、何よりも、ふしんに携わられた方々のことを思い浮かべますと、この特別な場所がより貴重に感じられます。このおつとめをつとめられる場所は、数え切れないほどヨーロッパの布教伝道に携わられた多くの方々が「神の屋敷」を建てる勇気を絞って必死になって完成に尽力され、またそれと同時に、今日までこの場所を大切に活用されてきた皆さま方の真実や信仰の賜物でもあります。

更に30年前の10月に、天理教はイタリア・アッシジで行われた最初の世界平和の祈りに招待されました。皆さまの中で昨日のような出来事として覚えている方がおられるかも知りません。初めての事でしたので、天理教団は、おつとめ着を着て公の場で座りづとめをつとめ、よろづよ八首・てをどりを世界平和のために踊りました。当時の出張所の鎌田親彦前所長は5人の踊る者のために八足、そしてみかぐらうたのカセット・テープや黒い長方形の再生機をパリから持ち込みました。天理教団の方々は、再生ボタンを押し、自然に踊り始めました。天理教団は、サン・ピエトロ教会前にある野外の芝生広場を祈り場として与えられ、その中世の教会から何百メートルも下にある農村を見晴らすことができ、その風景はとても優雅でした。

何ヶ月か前から私はたまたまイタリアでの留学生活を始めていて、偶然にも私が勉強していた街はアッシジからなんと26キロほどの距離でしたので、その時の天理教団に加えさせて頂きました。全ての参加者にとって初めての事でしたので、その時のその出来事がもたらす影響を誰一人として読み取ることができませんでした。これは約2千年の歴史を持つカトリック教会の参加者も同様でした。

地元イタリアの方々やメディア関係者の前でおつとめ着を着用し、みかぐらうたのテープを流しながら野外で踊ることは「恥ずかしく」なかったのか、と多くの方々からよく質問を受けます。私はもちろん「恥ずかしかった」と答えますが、祈りの終わり頃が特に恥ずかしかったと補足します。というのも、再生機の電池が弱くなり、徐々にみかぐらうたの音色が鈍くなり、本当に重たい歌になってしまったからです(ここで笑ってください・・・)。

冗談ぬきで、このような「天理教をディスプレイする」ことはヨーロッパに来る前からも経験しており、1980年代にロサンゼルスでの教会活動として取り組んでいた時に、正直、色々と「恥ずかしい」思いをしました。例えば、近所での神名流し:「天理王命」と書かれた大きな旗を高く掲揚しながら拍子木を叩き、2列になってよろづよ八首を歌うことをさせて頂きました。また、周辺の汚い通りでビールの空き缶やパーティーの後に放置されたがらくたを素手で拾うひのきしんをしたり、時には危険な場所で戸別訪問のにをいがけもさせて頂きました。

当時も今もそうですが、これらの活動は人の前で行うものであるため、実に「恥ずかしい」です。しかし、当時の先生方は、これらの活動は正常な活動ではないため、周囲の者から評価されるものではありませんと、よく力説していました。故に親神様や教祖のためにこれらの活動を実行し、評価して頂くものなんだ、という理由で取り組んで参りました。今も尚そのような理由で多くの「恥ずかしい」活動を続けています。実に親神様や教祖が判断くださるものなので、これらの聖なる活動をご覧になって喜んで貰っているのです。私たちは神様のために、神様の代わりにこれらの行動に励み、神様の活動を人間の時間と空間で実現していくものでもあります。本来であれば、これらの天理教の行事を通じて恥ずかしい思いを抱かず、自信や誇りや威厳を持って確信的に行うべきであると教えられています。神名流し、戸別訪問のにをいがけ、周囲の清掃ひのきしんてをどりを公の場で踊ること、これらの活動には共通点があります。それは最初に取り組む時にどれだけ難しくても、どれだけ恥づかしくても、その活動をすれば親神様に喜んでもらえる、ということです。

従って、世界平和の祈りの日に多くの人の前でおつとめ着を着て十二下りを踊ることになった時、ロサンゼルスでの若い時の天理教の活動をすぐに思い出すことが出来ました。それは、これらの難しい活動は、見物者にとってどれだけ親しみがない常識に反する行為であったとしても、神の前には尊いやりがいのある活動なのです。しかし、言うのは簡単ですが実際に執り行うのは本当に難しいことです。

天理教のおつとめは、公の場ではなく、普段、人目につかない聖なる場所で執り行います。おつとめは本日のようにおつとめ着を着て、踊り、鳴物と地方を入れて正式につとめられます。先ほどつとめられたように、おつとめは参拝者と調和し、共同体的な側面がとても大切です。この礼拝場のことや公の場でてをどりを踊ることについて話してきましたが、残りの時間はこのおつとめについて思案するところを述べさせて頂きます。

このおつとめは人間の理想状態を象徴するものです。おつとめ中、その状態を達成することが可能です。更にこのおつとめは、しばらく終わってからでもその理想状態や存在目的を象徴します。おつとめは、「神の言うこと聞いてくれ」と仰って、人間本来のあり方を思い出させてくれるのです。この理想状態を達成した証拠は、日々の勇んだ喜びの暮らしに表れてきます。言い換えれば、おつとめ陽気ぐらしの模範です:人間の心に刻み込められた喜び、本来備わっているモデルなのです。

従ってモデルとしてのおつとめとは、日々の喜びを実現するための生き方や考え方の基準であります。おつとめから出現する一つの不可欠な基準は、陽気ぐらしのためにバランスよく交流すること、均衡を保って相互作用することです。おつとめにおける役割について個人的に強調したいことは、それぞれ9つの鳴物、踊り、地方、参拝者などがありまして、それぞれの部分は、健全な全体を構成するためにおつとめ中、他の部分と補い合いながら相互作用を行います。この相互作用するというシンプルな概念について、拍子木の役割を例に取り上げて明確にしたいと思います。拍子木は、二本の木材で成り立っていますが、音にするためにそれぞれの部分を合わせます。この音は、おつとめの平静なリズムを最初から最後まで続けます。時には重ね打ちがあり複雑になりますが、原則として拍子木はおつとめの絶え間ない心拍です。

拍子木と調和的に触れ合い、交流しているものは高い音を長く奏でるちゃんぽんです。この楽器は、拍子木と同時に打つことはありません。それは、正反対の拍子に打ちます(合図します)。もしおつとめが強拍と弱拍を補い合えば、拍子木は強拍であり、ちゃんぽんは弱拍となります。もし拍子木が右手を象徴するならば、ちゃんぽんは左手を象徴するものと言われます。双方が一緒に響き合うならば、おつとめの最初から最後まで完全なる連続的な流れを作り上げ、それぞれの相互作用は陽気ぐらしへの過程の広がりに匹敵することでもあります。

この過程は、私たちと他者との補足的な相互作用に繋げることもできます。この原理を認識することによって、他者とのやりとりを補い合うように維持できます:私が黒であれば、他者は白、私が月であれば、他者は日、私が低いのであれば、他者は高い、など。おつとめ中の拍子木とちゃんぽんの単純な互いの付き合い方は、象徴的に陽気遊山を実現するための鍵となり、それは釣り合った交流、均衡を保った相互作用の大切さを表していると思います。

つとめ陽気ぐらしの模範となる二つ目の理由は、正しくつとめるために必要な一手一つにあります。陽気ぐらしのためにもこの大切なあり方が日常生活に求められます。おつとめ奉仕者一人ひとりは、他の鳴物の弾き方や他の踊る者の踊り方や歌の歌い方を常に意識しながおつとめをつとめます。奉仕者全員は、礼拝場の参拝者の唱和も聞き入れながら一つになります。踊る者は単に踊るだけのためにいるのではなく、鳴物を弾く者はその鳴物を弾くだけのためにいるのではありません。踊りや鳴物は他の奉仕者と一緒になるために踊り、鳴物を弾くものです。おつとめを共に一生懸命につとめるということは、奉仕者同士が互いの役割に耳を傾け、それを考慮しながら反応することでもあります。従って、おつとめをつとめることは外在化と内在化が両立した過程を辿りながら完成するものでもあります。

真に一つとなることは、おつとめを完成するために個々の要素が一つに溶け込むことを示唆しています。しかし、その個々の要素は何に溶け込むのでしょうか。一手一つになるために不可欠な事は人間思案を去ることでしょう。人間思案を去ることによって、自然に神と一つとなり、神に溶け込むことができます。言い換えれば、おつとめ奉仕者一人一人が他の奉仕者を無視できない方向へと進みます。

故におつとめ中に奉仕者や参拝者は人間思案を去り、親神様を中心に思ってつとめなければなりません。と当時におつとめを終えても人間思案を去り、親神様を日常生活でも中心に据えることで、陽気なくらしができます。そうして陽気な日々が自ずと現れ、それが自然と浸透します。

先ほど触れた「恥ずかしい」天理教の活動ですが、それらの行為は自教会の発展や信者数の増加には直接に効果がなかったと思います。教会は、未だに小さな限られた人数の集会ですし、同じ場所、同じ住宅街の普通の建物であります。しかし、講話の中でほのめかしましたように、我らの努力の成果や報いを確実に計算して予測することができません。私が年祭の年の8月にこの特別な場所で講話をさせて頂くことを、誰一人として予測していませんでしたが、ひょっとしたら、ロサンゼルスの道でそれらの不承不承ながらも小さな活動をしたことが、何らかの関係でここで講話を述べることになったのかも知りません。それは、親神様や教祖しか分かりませんが、ここで厚く御礼を申し上げたいと思います。最後に、ふさわしいおふでさきの引用で終わります。

せかいにハなに事するとゆうであろ
人のハらいを神がたのしむI:72

ご静聴ありがとうございました。

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