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2022年7月月次祭神殿講話

直島ロンドン布教所長 山中正道

我が家の信仰は祖父の代から始まりまして父へ、そして私へと三代目であります。祖父は私の育ちました瀬戸内海の島へ来られた布教師の方からにおいがかかりまして入信。一方、母方も同時期に祖父が入信してその後、他の人々と共に島の分教会の礎となっております。父方の祖父は1971年に出直しましたが、自営業を廃業後、部内教会の会長をつとめさせて頂きました。その祖父から子供の頃によく聞いた話は「自分の信仰は孫のお前にたいするご守護になる。」との事で、今になりましてつくづく「有り難い」と思う時があります。

私が子供の頃、祖父は一か月の内、20日間ほど瀬戸内海の他県の島の部内教会にて教会長としてつとめ、10日間ほど所属教会の月次祭参拝に合わせて我が家に戻る生活でした。祖父は入信して、やがて道一条で通らせて頂きましが、両親は夫婦で海運業を営み、母が1991年、父が2006年に出直すまで、神一条で通らせて頂いた信仰人生でした。私も現在、注文洋服店を営みながら神一条で通らせて頂いております。

私にとりまして所属の教会はもう一つの大きな家族の様な存在で、特に子供の頃は友達との社交の場でもあり、両親に連れられて参拝するのが楽しみでした。

この様な環境で育ちました故、お道の教えは日常的に聞かせて頂いて身近な存在でした。ところが今、私自身のこれまでの生き方を振り返りますと教えは何処へやらです。

お道は「陽気ぐらし」を目標に「人を助けて我が身助かる」教えであります。

教典第10章―「陽気ぐらし」には、

たすけの道にいそしむ日々は、晴れやかな喜びに包まれ、湧き上がる楽しさに満たされる。それは、常に、温かい親神の懐に抱かれ、人をたすけて我が身たすかる安らぎの中に身を置くからである。これが陽気ぐらしの境地である。

また、親神の守護のままに、日々、喜びと楽しみの中に生活すのが、人の世のこの上ない味わいである。閉ざされた心の窓を開き、遍(あまね)き親神の光を身に受ける時、自(おのずか)ら暗い迷い雲は晴れて、明るい喜びの中に立つ。陽気ぐらしとは楽しみずくめの生活である。

更に、教典第6章―「てびき」には、

いかなる病気も不時災難も、事情のもつれも、皆、銘々の反省を促される篤い(あつい)親心のあらわれであり、真の陽気ぐらしへ導かれる慈愛のてびきに外ならぬ。

とお教え頂いております。

然しながら私自身も先程述べました通り、決して教えに沿った生き方ではありません。「人助けて我が身助かる」との教えはどこへやら、世間の人様同様に「まずは自分」との思いが抜けませんでした。ほこりも積み放題で、周囲を見ては腹を立て、あいつは、こいつは、と思う心がついつい出ます。例えば車を運転しています時によくありますが、無謀な運転の車に出会いますと、思わず「危ないバカヤロー」と心の中で叫んでしまいます。また、欲、高慢のほこりも積み放題です。私は紳士服の仕立て屋として、サラリーマン時代を合わせますと約40年間商売をさせて頂いております。そしてこれまでは、世間一般と同様に売上と利益を上げて商売を伸ばす事を目指して努力して来ました。ところがこの度のコロナ禍、これまでとは全く異なる状況に陥りました。商売どころではなく、いかに日々を健康に過ごさせて頂くかの問題となりました。

また昨年の英国のEU離脱によりまして状況は更に変化、それまで20年以上続けてきましたフランス、ドイツ、オランダ、ベルギーでのお仕立て会(採寸、注文受け、試着、納品)、加えて年1回のチェコ、ハンガリーの日系メーカーへの出張も廃止、現在は英国と日本での営業に絞っています。

その結果、近頃では体力的にも精神的にも以前よりも楽になりまして、色々ゆとりを感じられる様になりました。お陰様にてお道の活動にも一層の精進をさせて頂けるようになりました。

今、思案いたしますと、これら全て親神様のご守護の賜物で「年を考えて、もう欲を出すな。」と言われていると感じますし、仕事に余裕ができました分「もっとお道に励みなさい。」と𠮟咤激励されているものと感じております。

私はこれまで仕事上も、極力教えに沿った商売の仕方で、お客様に接する時も、できうる限り喜んで頂きたいと努めて参りました。これはお道に限りませんが、お客様にご満足いただき、喜んで頂くことが商売の基本であり、更には、商売に限らず人様と接する上の基本かと信じます。

これが「人助けて我が身助かる」にも通じて「陽気ぐらし」に通じる教えの実践かと思います。

今の世の中を見て下さい。「陽気ぐらし」とはほど遠く、この3年間は終息の見えないコロナ禍に翻弄されて多くの犠牲者の方々が生まれ、更に2月からのロシアによるウクライナ侵攻で世界中が戦々恐々混乱しています。それぞれ主張はあると思いますが、他国に武力で侵攻して人々を傷つけ苦しめる行為は決して許されるものではありません。焼け落ちた街、泣きながら避難する人々を見せられると本当に心が痛みます。

親神様の創造された人類の理想の姿と余りにも異なるこの様な現状に親神様はどれ程、残念ご立腹か、今こそ私達は大いに反省して、少しでも親神様の思召しに沿った生き方を目指すべき時であると思います。

余談ですが最近私は、あとどのくらい、いつまで、商売を続けるべきかを考え始めています。先日も帰国しました際、飛行機の中で、クルーの皆さんが家内に対して本当に親切にして下さり、「お加減はいかがですか?」、「到着時に、車椅子をご用意しましょうか?」等、飛行中、色々尋ねて頂きました。結果的には車椅子を借用して大変助かりました。到着時の検疫の為に空港内をあちらこちらへ移動しますので、歩くと大変でした。反面、自分達はこれまでとそれ程、変わっていないつもりでしたが、周りから見るとやはり高齢者なのだと改めて自覚致しました。

私は常日頃から、リタイア後はまず修養科に入らせて頂いてお道に専念する事を目指していまして、心の中で親神様にお約束しています。私は三日講習会制度の始まりました初期の受講生でありその後、教人講習会も受講させて頂きました。三日講習会は私の様な仕事の都合にて修養科の三ヶ月が困難な人々にとりまして、有難く素晴らしい制度です。

三日間ですが、3回の受講は教えの理解を深める良い機会となります。ただ期間が短い事もあり、せっかく学んだ内容もその後の日々の生活の中で、だんだんと忘れさり、受講前の状態に戻りつつあります。仕事にも余裕ができつつある今日、改めまして日々の修練に努めたいと思います。

大変有難うございました。

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