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2022年3月月次祭神殿講話

梶本育郎(海外部翻訳課フランス語班)

「天理教の教えのなかで何が好きですか?」と聞かれれば、私は「たんのう」の教えを挙げます。これから説明をさせていただきますが、ごく簡単にいえば、「たんのう」とは「喜ぶ」ことだと思います。不足や心配をしがちな私を明るく元気にしてくれ、反省を促してくれる教えです。私にとってなくてはならない大切な教えです。ですが、実行することが難しい教えだとも思います。

さて、「たんのう」という言葉は、10代や20代の若い世代の人はどうか分かりませんが、普段の日本の生活のなかでも使います。「今日は友達の家でおいしい料理をたんのうした」、「素晴らしい景色をたんのうした」など。言い換えれば、おいしい食事を心ゆくまで楽しみ満足した、美しさを十分に感じ感激した、喜んだ、となるでしょう。

ここから、一般的な「たんのう」とは、「物事の条件や基準が自分の願いや希望どおり、あるいはそれ以上に達せられており、それにより心が満たされる」ことになるかと思います。逆に言えば、「物事の条件や基準などが自分にとって不十分であれば、心が満たされることがない」ということになります。

お道、天理教の教えではどうでしょうか。

『天理教事典』にはこのように書いてあります。

たんのうとは、満足の思いを心に納めることを言う。満足とは願いがかなえられたとき、願わしい状況ができたときに味わえる充足感である。しかしながら、現実は必ずしも願わしい状況ではなく、願いがかなえられないことの方が多い。そうした中にあってもなお満足の思いを心に納めることは、その状況を変革するくらい偉大な心のあり方である。

願わしい状況ではないのに、満足の思いを心におさめる、とはどういうことでしょうか。先ほどの一般的な意味での「たんのう」とはまるで意味が違いますし、果たしてそんなことが出来るのでしょうか。『天理教事典』にはこう続きます。

親神の守護の中に生かされているということを十分悟ったときにはじめて、全てのことが喜びをもって受けとめることができるのである。

つまり、「親神の守護の中に生かされているということを十分に悟ること」が、「願わしい状況ではないのに、満足の思い」になる条件であると言えます。それでは、「親神の守護の中に生かされているということを悟る」とはどういうことかを考えたいと思います。これには、2つのポイントがあると思います。

1つめは「人間のからだにも、人間が生きる世界にも、親神様の守護があふれている」ことを理解し実感することです。これは、「仮に体の一部にご守護を感じることができないとしても、他のところで十分にご守護を頂いていることが分るようになる」ことではないかと思います。

例えば、私は小さいころから耳の中耳と内耳が悪く、耳の聞こえがよくありません。しかし、その他は、不自由を感じないほど十分に体を使わせてもらっています。、、、と言ってはみましたが、そのありがたさを感じていないことが多いです。風邪にかかり、熱があがり、お腹を壊し、思うように動きまわることができなくなって改めて、ご守護を頂いていることに気がつくのです。

最近、今まで感じなかった親神様のご守護を感じることがありました。3年前に右耳を、2年前に左耳を手術したのですが、その時の影響で塩味(えんみ)をほとんど感じることができなくなった時期がありました。耳の中には、味を感じる神経「鼓索(こさく)神経」があり、舌の味覚神経とつながっているそうです。この神経のどこかが手術中の作業で接触することで味覚障害を起こすのです。私の場合は、これに加え、麻酔によるダメージが大きかったのか、ほぼ1年間、塩味を感じることができませんでした。食事を以前のように楽しむことができませんでした。塩味を感じないので、ほぼ何を食べても味気ないのです。それどころか、金属のような酸味を強く感じるようになり、口の中がパニックになりました。まさに味覚障害です。

さいわい、甘味(かんみ)は失われていませんでしたので、デザートを食べているときだけが食べることの幸せを感じる時間でした。それとは同時に、今まで「味を感じていた」ことに対して、言い表しようのない感謝の気持ちが湧き上がり、「あぁ、こんなところにもご守護があったんだ」と思うようになったのです。

このように新たな気づきをえると、体の普段なんでもないことが、大きな喜びの元となるのです。目覚めることができて嬉しい、普通に歩けて嬉しい、食べたものを飲み込めて嬉しい、、、際限がありません。しかし、日が経つとこの喜びが薄れ、更には不自由に思うことがやってきますと、そのことで心と精神が支配され、喜びの気持ちはどこかえ消えさってしまいます。

さて、「親神の守護の中に生かされているということを悟る」ための2つめのポイントは、「人間のからだや、身の回りに起こってくることは、人間の心づかいを改めさせるための、親神のてびきであり守護である」ということが分かることだと思います。

病気や、いろいろな困りごとは、俗に言う「ご守護が頂けていない」状態であると言えますが、そうした困りごとでさえも、陽気ぐらしへ人間を導いてくださる「親神のご守護」と捉えることです。つまり、ご守護が頂けない状態などないということです。『天理教教典』の8章にも、

たんのうは、単なるあきらめでもなければ、又、辛抱でもない。日々、いかなる事が起ころうとも、その中に親心を悟って、益々心をひきしめつつ喜ぶことである

とあります。

なんども私の耳のことで恐縮ですが、子供のころは耳のことで非常に嫌な思いをしました。耳の中に膿が溜まるので臭いと友達からからかわれ、敬遠され、しまいには仲間はずれになるはめになりました。また、私は生来わがままで、人の言うことを聞かずに自分の意見を通したがる子どもでしたので、そうした態度を改めさせるのに耳の病気のことを引き合いにだされることが良くありました。「あんたのその耳の病気は、神様が人のことを良く聞きなさいということを教えるために下さったものやから、よくよく人のことを聞かなご守護頂かれへんよ」と、こんな具合です。

学校で嫌な思いをしているうえに、病気を引き合いに自分の性格のことを諭されるのですから、非常に不愉快でした。大人になった今では、こうしたお諭しに納得するばかりですが、それは教えをずっと学ばせていただいているおかげだと思っております。私は自分の耳の身上をとおして、多くの困りごとは、私を陽気ぐらしに近づけるための、親神様のご守護なんだと思うことができるようになりました。もちろん、そのように思えないことも多々ありますが、それでも時間をかけて考え、親神様からのメッセージを心に治めていくことが大切だと思っています。

以上、2つのポイントから、「親神の守護の中に生かされているということを悟る」ということをお話しさせていただきました。

教祖伝逸話篇の21番目のお話に「たんのう」についてのお話がありますので、本日お話させていただいたことを振り返るつもりで、皆さんに聞いていただきたいと思います。ところどころ、聞きながら分かりやすいようにオリジナルのものに言葉を加えたり変えたりしていますので、ご了承ください。

慶応四年五月の中旬のこと。それは、山中忠七が入信して五年後のことであるが、毎日大雨が降り続いて、あちらでもこちらでも川が氾濫して、田んぼや家が流されるという大洪水となった。忠七の家でも、所有していた山が崩れたり、田んぼが(サッカーコートよりももうちょっと大きい)1ヘクタールほど土砂に埋まってしまうという大きな被害を受けた。

この時、かねてから忠七の信心をあざわらっていた村人たちは、「信仰をしててあのざまだ。アホな奴や」と思いっきり罵った。それを聞いて忠七は残念に思い、教祖にお伺いすると、次のようなお言葉があった。「さあ/\、結構や、結構や。海のドン底まで流れて届いたから、後は結構やで。信心していて何故、田も山も流れるやろ、と思うやろうが、たんのうせよ。たんのうせよ。後々は結構なことやで」

忠七は、大難を小難にして頂いたことを、心から親神様にお礼申し上げた。

大変な事態には陥ったが、それでも親神様のご守護があることを、教祖は山中忠七さんに教えられています。また、どうやら山中忠七さんという人は、教祖からいただいた「肥のさづけ」や、教祖のお言葉を疑うようなこともあったようです。私たちも、疑いまでではなくとも、親神様や教えを信じきれないことがあると思いますが、そうした態度を改めさせようとされたのでしょう。

ただ単に「こんな被害にあったのも、神様のなさることだから仕方がない。受け入れるしかない」と開き直れば、この態度はたんのうとは言えないでしょう。ですが、さまざまな経験を通して、親神様のご守護をより感じ、信仰がより篤く深くなるのであれば、たんのうと言えるのではないでしょうか。

以上、お話をさせていただきましたが、みかぐらうたの中で「むりにどうせといわんでな そこはめい/\のむねしだい」「むりにでようというでない こころさだめのつくまでは」と仰られるように、親神様は、人間一人ひとりが自分で考え実践していく信仰を求められています。

たんのう」という「喜び探し」も、人に言われてやるのではなく、自分から求めてこそ、本当の喜びを得られると思います。本日のお話が、皆さんがた一人ひとりが日常の喜びを見つけ感じていくきっかけやご参考になれば幸いです。私ももっともっと「たんのう」できるよう、日々心の鍛錬をしたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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