Tenrikyo Europe Centre

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2009年11月月次祭神殿講話

ヨーロッパ青年会委員長 藤原理人

こんにちは。

只今皆様と共に11月の月次祭を勤めさせて頂き誠に嬉しく思います。ご命を頂きましたので、11月の神殿講話を勤めさせていただきます。

講話では死 -出直- をテーマに話を進めます。明るい話にならないかもしれませんが、どうかご容赦ください。

私の父は日本の教会で教会長をしておりました。

父は46歳のとき癌で亡くなり、その時私は9歳でした。最後の数年は痛みに苦しんだようです。

1983年のことです。父は憩の家病院に通っていました。最期を迎えたのも同じ病院です。入院中、信仰者でもあった主治医が、苦しむ父の枕辺で幾度となく出直の教理を説いたとのことです。まるで死ぬ準備をしなさいとでも言うように、、、。その時母は、出直を覚悟させるよりも、もっと生きる力を与えるような話をして欲しいと頼んだそうです。

父の死後、母が私にそのいきさつを話してくれました。母はお医者さんの行為に納得していたようではありましたが、それでもやはりやりきれない思いがあるように見受けられました。私は少なからず怒りを覚えたと記憶しています。その医師の行動が理解できませんでした。患者さんが生死の境で苦しんでいる時、医者は患者の命を繋ぎとめることが勤めのはずです。しかしながら、その医師の出直の教説は、わずかな回復の望みを父から奪い取ったかもしれません。出直の教理には決して否定的な意味合いはないと分かっていますが、、、。

15年後、私は3ヶ月間おぢばの修養科へ行きました。ある日、クラスの修養科生がそれぞれの信仰について発表する時間がありました。私は、この父の話をし、医者の行為を非難しました。「私はこの医者が理解できない。別のやり方があったはずだし、私自身は患者の意欲を削ぐことよりも、身体の回復にこだわるべきだと思う。」と。その時、最前列で私の話を聞いていたある女性が、後に手紙をくれました。彼女自身も癌を患い、いったん手術は成功したものの、再発転移の危機にさらされている中での修養科でした。その手紙の中に、ある死をテーマにした新聞のコラムの引用がありました。

少し読み上げます。

道元はこの世界は元来生死一如の世界なのだと言っておられる。... 32歳の若さで癌で亡くなったある医師の闘病日記を思い出す。『癌が肺への転移を知ったとき、覚悟はしていたものの私の背中は一瞬凍りつきました。その転移巣は一つや二つではないのです。レントゲン室を出るとき、私は決心していました。歩けるところまで歩いて行こう。その日の夕暮れ、アパートの駐車場に車を置きながら、私は不思議な光景を見ていました。世の中がとっても明るいのです。スーパーへ来る買い物客が輝いて見える。走り回る子らが輝いて見える。犬が、垂れ始めた稲穂が、雑草が、電柱が、小石までが輝いて見えるのです。アパートへ戻って見た妻もまた、手を合わせたいほど尊く見えました。』この光景は死と真正面から対峙し、生と死が限りなく接近した人にだけ見える世界である。死の世界は、生者が生の視点に立ったまま、いくら想像を巡らしても見えてこない。... 『心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。』とサンテグジュペリは「星の王子様」の中で言っているが、彼もまた砂漠に不時着して生死をさまよった実体験を元に「星の王子様」を書いたのである。...普通の人の目には見えないが、確かに実存する世界。これこそが真の世界だと仏教は説く。いや、本当の宗教はみんなそのように説いている。」

その後、彼女自身の言葉が続いていました。「出直の教理をとくのは、しかもまだ生きているうちなのに、と疑問を持つのは「生」ある人なら当然のことだと思います。でも出直しされた方がもし生死一如の心境におられたとしたら、それはどちらでもよいことだと思います。」

確かに、天理教では死は古くなった着物を、来世新しい着物に取り替えていただくための通過点です。悲しみや痛みに苛まれても、亡くなった人自身に罪が存在するわけではなく、出直の観点からは希望が常に存在しています。理屈では分かるのです。ただ厳しい現実と向き合ったとき、どうしても絶望感に打ちひしがれます。

私は時間と共に、父の主治医が本当に死の差し迫った父のことを考えていてくれたんだと思えるようになって来ました。父の臨終の顔を覚えています。非常に穏やかな顔でした。出直の真の意味を悟って出直してくれたのだと思います。妻、子供、友人、教会の信者さんをこの世に残す不安から解放され、ただ単純にかつ純粋に生死を司る親神様に凭れきる心境になったのではないかと思います。父の出直は、天理時報にドキュメンタリー形式で、お道らしい出直しとして一ページを割いて掲載されました。これはきっとその担当医が時報の記者に紹介したに違いありません。

天理教では、死というものは終焉ではないのです。出直した人にとっては新たな出発を意味します。天理教教典にははっきりと「我がの理と教えられる心一つに、新しい身上を借りて、この世に帰ってくる」とあります。

残された人達には思い出が生き続けるばかりか、生前その人と共に得た体験や知識が、残された人の人生を作っていく一要素となり、現実にその人生を左右するのです。言い換えるなら、共有した体験は、これもいんねんと呼べると思うのですが、その後の人生に影響を及ぼしうる重要な要因として生き続けるのです。

どうか上手にお聞き取りいただければと思います。私は死は美しいものであると言いたいのではありません。運命を受け入れろとも、死を目前にして無力感を味わえと言いたいのでもありません。ただ死は悪でも罰でもなく、それも親神様のご守護なのです。親神様は決して我々を這い上がれない奈落の底には落としません。喜びの種は常にどこかに存在しています。信仰実践とは、その喜びをいかなる中にでも見つける心を作ることだと思います。

ご清聴ありがとうございました。

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