Tenrikyo Europe Centre

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2021年2月月次祭神殿講話

内子パリ布教所長 松川高明

昨年から続いております新型コロナ感染症によるパンデミックはいまだ終息の気配を見せず、ここフランスにおいても外出制限の効果はあまりなく、感染の抑え込みに成功しているとは言えない状況にあります。すでに全世界で1億人以上の人が感染し、230万人以上の人がこの感染症が原因で亡くなっています。内、フランス国内の感染者数は300万人を超え、亡くなった方も7万8000人ほどに上ります。ワクチン接種がようやく始まったとはいえ、全国民が接種するまでには8月ごろまでかかると予想されています。スペイン風邪と呼ばれた大型パンデミック以来、人類が100年ぶりに経験するこの脅威に人々は不安な毎日を過ごすばかりです。感染しても多くの場合、軽症、中程度の症状で済みますが、高齢者や慢性疾患のある人は、重症化する率が高いので注意が必要だと言われています。

実は私自身も昨年11月にこのコロナに感染してしまい、この感染症の怖さを身をもって知りました。私は喘息の疾患を持っているので、感染しないように出来るだけ気を付けていたつもりでしたが、いつの間にか感染しており、発熱と頭痛の症状が現れて初めて気が付きました。熱のほうは解熱剤を飲むと下がるので大丈夫でしたが、頭痛のほうは全然治まらず、2週間ほどは夜もほとんど寝られない状態が続きました。あまりに痛みがひどいので夜中に一度救急車を呼びましたが、呼吸器系に異常がないのであれば、救急車は送れないと言われ、病院のほうもよほど医療の逼迫に陥っているのだなと思い知らされました。

幸い3週目あたりから頭痛のほうは少しずつ治まり始めましたが、そのあとも軽い頭痛はずっと続いていて、全快するのにおよそ6週間ほどかかりました。1番心配していた家族への感染がなかったことは本当に有難いことでした。陰性結果が出るまでは、出来るだけ自分の部屋から出ないようにし、食事も全部部屋まで運んでもらいました。家族や周りの方々に大変心配をかけて申し訳なかったのですが、今考えるとちょうどいい時期に感染させてもらったのだと思いました。というのも、フランスでは10月末から二度目のロックダウンに入り、私が回復するころにこのロックダウンが解除されたのです。ですので、仕事の上でもあまり迷惑をかけずに済むことができました。神様がちょうどいいようにしてくださっているのだなと思わずにはいられませんでした。

と世界は合図立て合い」とお聞かせいただきます。思い返せば、今起こっているパンデミック現象は不思議と立て合っているような気がいたします。お道の上では、2017年7月26日に甘露台の節が起こり、そして翌2018年6月7日には真柱様のご身上の節があり、そしてその翌年である2019年11月にこの新型ウイルスの感染症が出現したのであります。親神様は早くから重大なお知らせをしてくださっていたのだなと思わずにはいられません。まず人間宿し込みであるぢばに据え置かれているかぐらづとめの目途である甘露台に節をお見せいただき、そのあと、我々お道の信仰の芯であり理の親である真柱様のご身上にお表しくださり、親神様の残念、心配、世界たすけのお急き込みを前もってお知らせくださっていたのではないかと悟らせていただけるのです。成人の鈍い私たちは、世界各地で起こる自然災害や紛争問題に心は痛むものの、ややもすれば他人事と思ってしまいがちで、今回のパンデミックのように直接自分や自分の家族に脅威となるような事態に直面しなければ、我がこととして自覚するのはなかなか難しいのであります。親神様はこどもかわいい上から早くからこれらの節を通してお知らせくださっているのに、残念ながら私たちは心得違いをしてばかりでをやの思召しに沿うことができないでいるのです。

みのうちにとのよな事をしたとても
やまいでわない月日ていりや(14-21)

せかいにハこれらとゆうているけれど
月日さんねんしらす事なり(14-22)

これは、1879年に日本国内でコレラの感染症が流行ったおりに書かれたおふでさきであります。世間ではコレラと言うて騒いでいるが、これも実は親神のてびきであって、一列人間の胸の大掃除を急いでいるのであると諭して、強く人々の反省を促されたとあります。

親神様のご心配がいかほどのものか、次のおふでさきからも明らかであります。

こらほどの月日の心しんバいを
せかいぢうハなんとをもてる(6-117)

どのよふなものも一れつハかこなり
月日の心しんばいをみよ(6-119)

にんけんのわが子をもうもをなぢ事
こわきあふなきみちをあんぢる(7-9)

にんけんも一れつこともかハいかろ
神のさんねんこれをもてくれ(13-27)

にんけんもこ共かわいであろをがな
それをふもをてしやんしてくれ(14-34)

こゝろさいしんぢつよりもわかりたら
なにもこわみもあふなきもない(6-122)

人間の親である親神様が、如何に一列の人間を可愛いく思い、心配し、救けたいかを、推し量ってくれと仰います。また、教えの理が真から了解、納得出来たならば、何も怖いこともなければ危ないこともないと仰せくださっているのであります。

私たち人間は心の自由をお与えいただいておりますが、親神様の思召しに沿わない心遣いを教祖は「ほこり」にたとえてお諭しくださっています。をやの思召しに適わない自分中心の勝手な心を使っていると、やがて心は曇り濁って、親神様の思召しも悟れなければ、十分なご守護を頂けなくなってしまうのであります。これが身上の障り、事情のもつれともなって現れるとお聞かせいただくのです。正に私たち人間が勝手気ままな心を使い続けているために、今のような世界的な事情を見せていただいているのだなと思わずにはいられません。

一れつハみなめへ〜〜のむねのうち
ほこりいゝばいつもりあるから(8-61)

このほこりすきやかそふぢせん事に
月日いかほどをもふたるとて(8-62)

月日よりこわきあふなきみちすじを
あんぢていれどめへ〜〜しらすに(8-63)

教えの理を聞き分け、心の定規として心遣いを改めるならば、神が「ほうき」となってお掃除くださり、心はすきやかとなり、身も鮮やかに治まると仰せられます。教祖は、このほこりの心遣いを反省し、払う手掛かりとして、をしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、はらだち、よく、こうまんの八つのほこりを挙げられ、されに「うそとついしょこれきらい」と心遣いの間違いを戒められています。ほこりは積むものなので、毎日掃除さえしておればすきやかな心でいられるのですが、なかなか払えないでいることが多いように思います。いくらおつとめおさづけひのきしんをしていても、その中に誠真実の心がこもっていなければ形だけの掃除に終わってしまうのであります。このほこりの払い方について、T先生という方が非常にわかりやすい説明をされていたので、ここにご紹介させていただきたいと思います。

T先生はまずこの八つのほこりを、次に示すように内と外の関係に分類されました。自分のほうに近づいてくるものを内とし、自分から離れていくものを外とします。先にあげた順番とは少し異なりますが、まずほしいは内に向かう心、をしいは外に向かう心。同様にかわいは内、にくいは外であり、この四つは執着が原因で起こる心遣いとなります。これを払うには、今あるものを喜ぶ、つまり感謝する心がこれらのほこりを払うカギとなると言うのです。次にうらみですが、これは内に秘める感情、はらだちは外に発散する感情であり、最近よく耳にするアンガーマネジメント、怒りのピークは6秒間といった話も皆さんは何度もお聞きになったことがあるかと思います。アンガーマネジメントとは、「怒り」を上手にコントロールすることを言います。これらの怒りの感情を払うには、自分に対する慎みの心が大切になってきます。それからよくとこうまんですが、これもよくが内、高慢が外に向かう心であります。これらのほこりを払うには身のほどを知るということが大切であると言います。身の程を知ればよくは消えます。キーワードは内観です。内観とは心理学で、自分の意識やその状態をみずから観察すること。内省、自己観察を言います。簡単に言えば自分を知る、自分自身を客観的に見るというです。自分のことを外側から見ると、家族や周りの人からいかにたすけられているか、恩恵を受けているかがよくわかります。また、反対に自分が家族や周囲に対してどのような迷惑をかけているかということも自覚できるようになります。つまり、私たち人間はたすけあいの世界に生きているのだということがわかるようになるのです。

このように八つのほこりを払うには、「感謝、慎み、たすけあい」、正に陽気ぐらしのキーワードを実践すれば、神様が「ほうき」となってほこりを払ってくださるのであります。この三つをしっかりと心に刻み込んで日日を通れば、自然と心のほこりは掃除できるのです。以上がT先生の言われるほこりの払い方の説明です。私には共感できる点が多かったので、ここにご紹介させていただきました。

陽気ぐらしのキーワードである「感謝、慎み、たすけあい」。実はこの三つには関連性があり、つながりがあります。なぜなら、親神様のご守護に気づき感謝するとき、私たちは自分中心の考えや行動を慎むようになるからです。それは、たとえば物を無駄にせず大切にすることや、人への言動や態度にも表れてきます。そして、さらに一歩進むと、自分以外の人や物へのいたわりの心が大きくなって、それが人をたすける心、行動へとつながっていくのです。「慎み」の心から「たすけあい」の行動へと、そのような結びつきが現れてくるように思います。

私たちは親神様から十全のご守護をいただいて日日生かされ、そして多くの人にたすけられながら生活していることを忘れてはなりません。ですから、朝夕のおつとめはもちろんのこと、月々に勤められる月次祭には日頃の御礼を申し上げ、身上・事情に悩む人、また世界のたすかりを願って真剣におつとめをすれば、おのずとほこりが払われていくのです。

親神様のご恩を深く味わい、感謝の気持ちが生まれれば、そのご恩を返すというのは道理であります。私たちは日日心のほこりを払うとともに、喜びの心、真実の心でご恩報じの道を歩ませてもらわなければなりません。陽気ぐらし建設に向かって、教祖の道具衆として今できることをしっかりと努めさせていただきましょう。まだまだ閉塞感が漂う世上ではありますが、我々お道のものがをやの思いに素直に沿えるように勇んでつとめさせていただきたいものだと思います。

ご清聴、ありがとうございました。

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