Tenrikyo Europe Centre

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2024年6月月次祭神殿講話

明和パリ布教の家担当夫人 小林久美子

本日は、「にほいがけ」という言葉について私自身の思うことをお話させていただきたいと思います。

私は、18年前、当時は知人であった主人とパリで再会し、初めて天理教を知りました。そして、その1年後に結婚を決めました。

渡仏する前には、主人の勧めで修養科に入りました。日本で生まれ、日本で育った私ですが、修養科の授業では、母国語の日本語であるにもかかわらず、初めて聞く言葉をたくさん耳にしました。例えば「よふぼく」「ひのきしん」などがそうです。

そして、今日お話する「にほいがけ」もその一つです。当初、私は「にほいがけ」は「布教」と同義語だと理解していました。ですから、「『にほいがけ』をしましょう」などと言われると、何となく重苦しく感じていました。

私が神殿講話のお役を務めるのは、今回で2度目になります。実は3年前初めて神殿講話のお役に指名されたときは、最初は即答でお断りしました。これまで聞いてきた布教師の方々がするようなお話など、私には到底できないと思ったからです。

しかし、主人から「久美子が話せば、『にほいがけ』になる」と言われました。そのとき、「にほいがけ」と「布教」は違うのかなと感じました。「にほいがけ」といわれると、なんだか軽くてぼんやりした感じがしたのです。

そこで、教えそのものに関する詳しいお話をすることはできませんが、私がここに立つことでだれかにお役に立てることがあればと、今回も引き受けさせていただきました。

まず、「にほいがけ」とは何なのでしょう。天理教の公式サイトには次のように記されています。

「にをいがけ」とは、匂いを掛ける。お道の匂い、すなわち、親神様を信仰する者の喜び心の匂いを、人々に掛けていくことをいいます。真のたすかりの道にいざなうための働きかけです。親神様のありがたさを世の人々に伝え、信仰の喜びを広め分かち合うことは、何よりのご恩報じの実践となります。

にをいがけは、単なる宣伝や勧誘ではありません。また、人にお話をするという形に限られているわけでもありません。花の香りや良い匂いが周囲に広まって、人が自然に寄り集うように、日々常におやさまのひながたを慕い、ひのきしんの態度で歩ませていただく姿が、無言のうちにも周囲の人々の胸に言い知れぬ香りとなって映り、人の心を惹きつけるのです。

先月、このヨーロッパ出張所で「チャリティーバザー」が行われました。私は、このチャリティーバザーは絶好の「にほいがけ」の場だと思っています。

数年前、子育てを通して知り合った友人にチャリティーバザーのお手伝いをしてもらえないかと声をかけました。その方とは10年ぐらいお付き合いをしていますが、快く参加してくださいました。

当日は、当時中学生だった息子さんも一緒に来てくれました。そのお子さんは、ちょうど思春期ということもあり、ご自宅では親御さんとは会話することもほとんどないとのことでした。しかし、お母さんの申し出に、渋々ではありますが、一緒にお手伝いに来てくれました。

私たちはおもちゃ売り場の担当になりました。最初は息子さんの嫌そうな様子がよく見て取れました。しかし、私は彼が来てくれただけでも感謝しなければと思っていました。一方、その空気を感じない当時まだ4、5歳だった私の息子が積極的にその息子さんに声をかけていると、彼も少しずつ気持ちが和んでいくように感じられました。そして、少しずつではありますが、来場者にも声をかけるなど、積極的に手伝ってくれるようになりました。

人の気持ちや願いは言葉で言わなくても、雰囲気で伝えることもできます。顔の表情や、声の調子、態度でも気持ちが伝えることができるということは、日々の生活ではよくあります。

さて、前にお話したように、私は信仰初代になります。主人との結婚がこの道との出会いです。私の家族をはじめ、私の周りには特定を信仰持っている人はいませんでした。

一方、これまでメディアで見聞きしてきた宗教に関するニュースは、社会に対して悪い影響を及ぼす印象を持たせるものばかりでした。ですから、宗教を信仰してる人と結婚することには、正直申しまして心の底では少しは抵抗があったように思います。

しかし、その中も結婚を決めたことは、この出張所や日本の教会やおぢばで出会った方々の嘘偽りのない心を感じたからでした。「信仰しなさい」とか、「信仰しないと不幸になる」とか、言われたことは一度もありません。

話をチャリティーバザーに戻したいと思います。

以前、パリ市内に住んでいた際に、近所に住んでいたことから仲良くさせていただいた方がいました。その方には息子さんが二人いらっしゃいます。二児の母親だった当時の私にとって、彼女はフランス在住の先輩であり、母親としても先輩でした。似た環境ということで仲良くさせていただいているうちに、チャリティーバザーのお手伝いもしてくださるようになりました。また、そのことがきっかけとなり、出張所の少年会の行事や、「おぢばがえり」にも参加してくれるようになりました。

また、長男の友達のお母さんでにもチャリティーバザーのことをお話ししたところ、快く参加してくれました。初めて参加されたとき彼女と息子さんだけでしたが、そのバザーの雰囲気に大変感心され、今年はご主人を誘ってご夫婦で参加してくださいました。

私は、お誘いした方々に天理教の教えを説いたことはないのですが、来られた方々は、きっと「にほい」を感じ取ってくれたのだと思います。そういう意味では、チャリティーバザーは最も「にほいがけ」に適した行事ではないかと思います。

まず、バザーに物品を提供してくださる方がいます。不要になったものをだれかのために、何かのために役に立ててもらえればと思い、提供してくださいます。バザーが多くの来場者で賑わい、収益金が慈善団体に寄付されれば、物品を提供してくださった方々も、きっと喜ばれることでしょう。

次に、バザーの来場者です。欲しかったものや、珍しいものを安く買い、コンサートや出し物を楽しみ、また、模擬店で出される料理やお菓子を食べることができます。そして、使ったお金は慈善団体に寄付され、だれかの役に立ちます。自分が楽しんで得をして、人のためになるのですから、こんなにいいことはありません。

そして、バザーのスタッフです。スタッフは当日だけではなく、何日も前から準備をし、後片付けもありますから大変です。また、いくら時間をかけても、いくら一生懸命働いても、報酬はありません。

しかし、来場者の喜んでくれる姿を見ると、心の底からやってよかったと思えます。フランスに来てから17年、毎年スタッフとして参加してきましたが、その喜びは変わることがありません。

今では、三人の息子もスタッフをつとめてくれるようになりました。子供が小さかった頃は、子供がいると作業がはかどらず大変でした。そんな中も、周囲の方々の協力を得ながら、子供たちにもたくさん「にほい」をかけてもらったように思います。

最後に、収益金を受け取ってくださる団体です。バザーの収益金は多くの方々の喜びの結晶です。そのお金が何かの役に立ってくれることを想像すると、さらに嬉しさが増してきます。

こうした多くの方の喜びが 、更に「にほい」となって発散されるのではないでしょうか。チャリティーバザーには、天理教の信者でない方も大勢スタッフとして参加してくださいます。また、中には遠方から、わざわざバザーのために旅費と時間を割いて来てくださる方もいます。私自身がそうであるように、皆さん方もきっと「にほい」に吸い寄せられているのではないかと思います。そして、そういった方々の中で、私自身も「にほい」をたくさんかけてもらっている気がします。

チャリティーバザーは、陽気ぐらしの三つの要素、「感謝」「慎み」「たすけあい」を、言葉ではなく、行動で示すことのできる最もよい機会ではないかと思います。

これからも、いい「にほい」がかけられるよう、また人からもいい「にほい」をかけてもらえるように日々信仰を積み重ねていきたいと思います。

最後までご清聴くださり、ありがとうございました。

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